2012年04月29日

番外 高野山 金剛峰寺

小中学の社会科の授業で 平安仏教
最澄 天台宗 比叡山延暦寺 
空海 真言宗 高野山金剛峰寺と暗記しなかった人はいないだろう。
私は今もその程度の知識しかないながら
巡礼がきっかけで高野山に初入山することができた。
満願のお礼参りだ。
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空海が理想の修行の場を求めて嵯峨天皇にこの山の下賜を願い出たのは816年。
空海が43歳の時。
伽藍建立は空海一代では終わらず弟子達に引き継がれ空海入定(永遠に禅定に入ること)後数十年ののちに完成する。
今も奥の院にある弘法大師御廟では空海が生きて瞑想を続けているとされているらしい。
一般庶民の強い信仰と支持を集め
宗派にとらわれずあらゆる階層の人々の心の憩いの場が1200年近くここに存在している。 
まさに聖地だ。
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納経帳の最後のページと笈摺のひとつ空白だったところに朱印をいただき
素敵なお寺、金剛峰寺で西国三十三所巡礼の旅が締めくくれたことはありがたい。
これからも時々訪れたいものだ。

今は開創1200年記念大法会イメージキャラクターのこうやくんが癒してくれるパワースポットみたい。
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2011年10月16日

第三十番札所 竹生島 宝厳寺 

深夜のどしゃぶりから一転
カーテンを開けるときらきら輝く小波が目に飛び込んできた。
”晴れてる!!” 雨女なのにこんなこともあるんやね♪

目指すは竹生島 ここも2度目 前回は4年前に行ったのでまだ記憶に新しい。

”竹生島”は沖合い6kmに浮かぶ周囲2kmあまりの小島で、名前は「神を斎(いつ)く住居(すまい)」を意味し、神の住む島といわれている。最近はパワースポットとして多くの観光客が訪れるらしい。今日、私たちが乗船するフェリーも臨時便だ。

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風が強くてよく揺れたけれど景色は最高!

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鳥居をくぐり宝厳寺へは165段の急な石段を上ります。
昨日の長命寺808段に比べれば朝飯前。
納経所は本堂手前。行列ができていたけれど運良く住職自らにご朱印してもらえた。

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これで結願だ。
33箇寺+番外3箇寺+善光寺 計37箇寺

2年7ヶ月 納札には義母と友人の回復を必ず書き込んでいたけれど友人は今年5月帰らぬ人になってしまった。義母は少し回復し痴呆は徐々に進んではいるものの顔色はとても良く先日はカイトと見て「かわいいな」と言ってくれた。

若い頃は「神様なんて…。」と思っていたけれど1200年余年も絶えることがないこういう行ないには大切な意味があるような気がする。
すがって何もしないのではなく神や仏(目に見える像になるのだけれど)に近づく行動をする、できることに感謝しなければいけないのかな?とも思う。

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神の島から遠ざかる船のデッキで「おかげさまで良い旅をさせてもらいました。」と手を合わせた。

表装し終わった掛け軸は家宝に 納経帳は旅の記録に 笈摺(おいずる)2枚は誰かのものになるのでしょう。

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お礼参りに高野山にも行きましょう。
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2011年10月15日

第三十一番札所 姨リ耶山 長命寺

思いつきで結婚1万日目記念に始めた西国三十三所めぐりだったが
明後日30周年目の記念日目前で満願成就できそうだ。

2009年3月に始めたので2年7ヶ月かかったことになる。
全寺夫婦で!を目指したので目標達成!
二人とも健康だったことがありがたい。
その間孫が誕生して興味はそちらにうつったせいで遅くなったこともあるけれど
カウントダウンが始まって夫が急に行き渋った。
「もう終わってしまうんか・・・。」が本音だったらしい。
「また行けばいいやん。違った味わいがあるんちゃうかな?」と言うと
「お前は寝てたら着くからな…(笑)」と。

たしかに楽に行き過ぎた。乗り物を乗り継いで麓から歩く参拝もいいと思う。
まだ大丈夫そうな気がするので次はチャレンジしてみよう♪

最後に残った寺は長浜の「長命寺」と竹生島「宝厳寺」

長命寺は琵琶湖の景色を見下ろす808段の石段を上り詰めたところに開いたお寺です。
808段の試練の石段を長寿への願いをこめてのぼれば長生きできるらしい。

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先の見えない階段が続きます。

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長命寺を参拝するのは2度目。
前回は真夏に友人と二人で行った。かなりきつかった印象があるので自然と先送りしていたのかもしれないけど涼しかったせいか今回の方少し楽だったように思う。

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景行天皇の代、武内宿禰がこの地で柳の木に「寿命長遠諸元成就」と彫り長寿を祈願し300歳以上生きたことに感銘を受けた聖徳太子が500年くらい後にその文字を眺め自らその柳の木で十一面、千手、聖観音三尊一体の像を刻んだという話が残っている。

いたるところが長寿に通じた名前通りの寺でした。

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下りてきたとたん降り出した雨。

今夜の宿 長浜を目指して走りましょう。
明日は竹生島宝厳寺参拝。掛け軸最後の枠が埋まります。
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2011年07月12日

第三十二番札所 撒山 観音正寺

「今週新車が来るからお札もらいに行こう。」

選んだ先は残り少なくなった巡礼寺”観音正寺”
標高433mの撒山(きぬがさざん)山上にある西国最難所の札所らしい。

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がそれは麓から歩く人たちにとってらしく
途中まで車の私達にはさほどでもなかった。
道中「一歩一歩の尊さ」などと記す道標が31ある。

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それを読みながら歩くのが楽しい。
夏が始まったばかりなのにもうひぐらしが鳴いていて涼しげだ。

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山門はなく仁王がお出迎え。
本堂右には不思議な石積と観音様

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眼下には万葉の景色が広がる。

本尊は千手千眼観世音菩薩 平成5年に火災により本堂と本尊を喪失するという大惨事に見舞われたけれど今は本尊も再建され今は本尊も総白檀の十一面千手観音菩薩安置されていた。

亡父は神戸から列車やバスを乗り継いで麓から一人でお参りしたという。
焼失されてしまった菩薩様に出会った時の気持ち父に聞いてみたいなぁ。
きっと「楽して参っても御利益ないよ・・・。」とか言うんだろうな(笑)
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2011年05月15日

第二十八番 二十九番札所

孫が誕生してからしばらくお休みしていた西国巡礼
残すは丹後周辺と琵琶湖周辺の5箇寺。

「夏は海水浴客で日本海側には近づかないほうがいい。」
「秋は紅葉、また歴史探訪の人たちで混みます。」
「冬は雪深いから行けません。」
などなど理由をつけては先延ばしになっていた。
最大の理由は興味が孫に移っただけだとわかっているのだけれど…。

さて11ヶ月ぶりのお参り先は日本三景の一つ天橋立に近い鼓ヶ岳の中腹にある
願い事必ず成り合う寺”成相寺”

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ここも車だからこそ来れたところ。
でも山頂駐車場に止めたので山門をくぐれなかったのが残念。

しゃくなげの寺としても有名らしく今が盛り。

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本堂は古式に則り5間4方の入母屋造 広々としている。
堂中では普段は京都国立博物館に展示されている参詣曼荼羅が公開中で手に取れる距離で拝見。
ラッキーでした。

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寺を出て少し上がると眼下に天橋立が眺望できる。
股覗き公園以外から見下ろすのは初めて。
少し霞んでいたけれど仏様からご褒美をいただいた気分です。

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先へ急ぎましょう。

次は舞鶴方面の第二十九番札所”松尾寺”

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本尊馬頭観世音は、三十三霊場中唯一の観音像であり、農耕の守り仏として、或いは牛馬畜産、車馬交通、更には競馬に因む信仰を広く集めているそうだ。
渡来した威光上人が祖国の霊峰馬耳山にそっくりなここ青葉山を発見し、中腹の松の木の下で経文を唱えた。すると馬頭観音を悟りその場で草庵を結んだとされている。

江戸中期の建造という仁王門は風格がある。

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こじんまりした媚びない美しい寺でした。

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帰りはせっかくここまできたのだからと
舞鶴港とれとれセンターに寄って新鮮な魚介類を物色。

これもお参りへ行く楽しみの一つだ。

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あと3箇寺・・・。
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2010年07月04日

第十二番 十三番札所 

大津市には3箇所札所がある。ひとつは前回行った三井寺。
今日2箇所周っておしまいです。いずれも名の知れたお寺ですね。

岩間山 正法寺(岩間寺)は滋賀と京都の境にあり、標高443mの岩間山の山頂付近にあるひっそりと佇む山寺。車でなければ参拝は大変だろう。(こういうところばかりだけれど)

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本尊は金銅千手観音像で、別名「汗かき観音」とも呼ばれ、雷除け観音、ばけ封じ観音としても信仰を集めている。境内には、日本一の桂の大樹群や芭蕉が「古池や 蛙飛び込む 水の音」と詠んだ池。雷神爪堀湧泉等があり、歴史と自然が共存していた。

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次に向かった石山寺は岩間寺からさほど離れていない。歩いてお参りされるかたも少なくない。私もできれば歩きたかったなぁ。

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ここは観光地化している立派なお寺である。
東に流れる瀬田川を境内から続く庭から眺めることもできる。
紫式部が「源氏物語」を起筆したところとしても名高い。
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起源は古く約1250年前まで遡る。東大寺大仏建立のため、聖武天皇から黄金の調達を命じられた良弁僧正は、蔵王権現から近江国の志賀へ行けとのお告げを受けた。そこで石山に来てお告げのあった岩の上に勅封二臂如意輪観世音菩薩を安置し祈願したのがはじまりだそうだ。

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過去の謂れを手繰る旅。
残すは5寺。
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2010年06月20日

第十四番札所 長等(ながら)山 園城(おんじょう)寺(三井寺) 

天台寺門宗総本山である。

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俗に「三井寺」と呼ばれるのは、天武・天智・持統天皇の産湯に用いられた霊泉があることに由来しているそうだ。壬申の乱に敗れた大友皇子(弘文天皇)の御子の大友与多王が建立し、勝者の天武天皇から「園城寺」の勅額を賜ったとも記されている。中・高の社会科の授業はひたすら暗記することが精一杯で地理的意識などなかったことがいろいろわかるにつれ悔やまれる。1300年前の琵琶湖と伊勢湾の間で繰り広げられた王位継承の合戦… どんな戦いだったのだろう。
 当時、再三の兵火にあい焼失したそうだが豊臣氏や徳川氏の尽力で再興され、現在も国宝・重要文化財・名園など貴重な寺宝が数多く残っている。

 私たちは雲行きが怪しい中「近いし行ってみよか。」と軽いのりで名神にのった。京都南あたりからポツポツ…しだいに大粒の雨がフロントガラスに落ちる。到着後山門をくぐり金堂にお参りしている間にどしゃぶり。それでも子どもが雨に挑むように走って行ったのには驚いた。(すぐ戻ってきたけれど)

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その後雨は小止みになり観音堂へ行くまでの道のり 雨で木々が洗われたようでしっとり美しかった。

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近江八景で有名な「三井の晩鐘」や弁慶が撞いてみると ”イノー・イノー”(関西弁で帰りたい)と響いたので、「そんなに三井寺に帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底へ投げ捨てたと言われる「引き摺り鐘」など琵琶湖を見下ろせる眺望とともに見どころが多いお寺だった。
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2010年05月03日

第三番札所 風猛山 粉河寺 

続きまして”粉河寺”
国宝の「粉河寺縁起絵巻」で知られる名刹。

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中門は華麗な建物で、扁額の「風猛山」は紀州藩主が書かれたもの。迫力がありました。

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本堂は西国札所最大級。たしかに施福寺とは比べ物にならない。
桃山時代の枯山水の庭園など見どころが多いと本に書かれてあったが私には良さがよくわからなかった。

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立派で勝ち誇ったようなお寺よりひっそり「ようお参りくださった。」と観音様の半眼から聞えてくるような山寺が好きだなってここへ来て思えたのが収穫だ。
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第四番札所 槙尾山 施福寺(槙尾寺)   

GW3日目 交通渋滞速報がラジオから流れる。

今日は施福寺に行くと聞いていたが連休中だしてっきり電車だと思ってipodや文庫本をバッグに入れて準備していたら「車やで。あんなとこ乗り継いで行けるか!」と。
渋滞に巻き込まれたらどうするん?と不安だったけど意外に順調。
近畿道から阪和道を経て寺の駐車場までは快適でした。

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大変なのはそこからです。境内入り口である仁王門まで緩やかな勾配を10分くらい歩きます。
ここまででも一寺お参りした気分。
 
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仁王門を過ぎると険しい石積みの階段道が続きます。

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それでも子どもも少し足が悪そうな方も挨拶し合って登って行かれます。「あと20分ほどやで。がんばって。」私たちにも声をかけてくれる下山者の方がいました。

本堂前の長い階段を上りやっと到着。日頃の運動が不足がたたりもうふらふらです。
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境内はこじんまりしていて不自然に手が加えられたところがない私好みのお寺。幸運なことに御開帳の期間でありご本尊を直に拝むことができた。観音様のすばらしさがわかりかけたところなので実にありがたかった。本堂の屋根は豊臣秀頼が再建した銅葺きのままというのも良い。

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朱印していただいて境内をうろうろしているうちになんだかまだ動ける気がしてきて、夫も同じ気持ちだったらしく「ここまで来たし粉河寺に寄ってみる?」と。

下りは余裕でこちらから挨拶。下山して来られる方がなんで笑顔だったのか理由がわかった気がした。

また訪れてみたいお寺だけど体力あるかな…(^^)
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2010年05月02日

第十一番札所 上醍醐 准胝堂

GW2日目 今日も五月晴れ。
昨夜は甲子園で良い夢を見させてもらったおかげで今日もご機嫌。
遠出の予定はないけれど残り4日間の休日のプラン
夫はきちんと立てているよう。

平成20年8月の落雷が原因による火災によりお堂が焼失した醍醐寺に行くことになった。 

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焼失する以前は登山さながらのかなりの難所だったらしいが今回はハイキング気分。新緑のシャワーを浴びながら納経所に向かった。

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醍醐寺は、山上の上醍醐と山下の下醍醐の総称で真言密教の道場としてたくさんの堂塔が残されている。
秀吉の”醍醐の桜”の話も有名だ。なにしろ近江、山城、河内、大和から桜700本を取り寄せ移植したらしい。

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「この井戸の水でお茶会をしたのかな?」

日陰の薫風が気持ちよくうららかな一日を過ごした。
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2010年03月27日

番外 元慶寺

新大阪から新快速で京都→山科へ
地下鉄東西線に乗り換え「御陵駅」で下車し住宅街を地図を頼りに20分ほど歩きます。途中畑仕事をしていた人に道を聞いてようやく辿り着きました。
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白い唐風の竜宮造りの山門を入ると境内は左手に本堂、正面に納経堂があるだけの質素な寺。
花山天皇が19歳の若さで剃髪し出家したのがこの寺であると云われている。
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曇り空の上ちらほら咲きの桜 華やかな春を静かに待ちわびているような媚びない主張が印象に残ったお寺でした。

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2010年01月03日

第十五番札所 新那智山 今熊野観音寺

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。<(_ _)>

1日は実家へ 総勢16名 賑やかに今年も始まりました。
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兄は昨年横浜に単身赴任になったので会うのは1年ぶりです。
お正月がなければ会ってないね〜。(^^ゞ
兄弟と言えど普段は疎遠で
「お母さんが元気でいてくれるからこそ集えるね。」とみんなで母に感謝の気持ちを伝えました。

2日は義兄に挨拶を兼ねて新年会
難波高島屋の前で待ち合わせ
界隈はバーゲンが始まっていて人・人・人
三が日は買い物をしないというのは今や死語。(>_<)
されど私達は食い気・・・。
お腹が空いた感覚がないままそれでも食べます。飲みます。

3日 今日は家族だけで過ごします。
家でじっとしとくのはもったいない。
で、どこかへ行くとなったら
行き先はまだ残っている”西国三十三所”のどこかになります。
「近いところは京都の東福寺の隣のお寺がまだやったね。」
ということで今熊野観音寺へ

JR京都駅から奈良線に乗り換えて一駅戻りそこから徒歩15分くらい
まだお参りの人は少なく(時間も遅かったかな)
境内はほぼ独占状態。
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朱印を頂いて参拝の続きをしているとお寺の方が近づいて来られて
欄間を指差し「あれを見てください。何が彫られているかかわかりますか?」
夫が「麒麟?」と言うと
「そうです。昨年全部外して磨きをかけ色を塗って綺麗にしました。
麒麟は吉兆に遣えるのもです。磨かれた真新しい麒麟をよく見とかれたらいい年になるかもしれませんよ。麒麟ビールは知ってはっても知らない人が多いんですよ。」といろいろ説明してくれた。
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ラッキーです。おみくじの大吉引くより嬉しい出来事。
お寺ではこういう説明を聞きたいと予てから思っていたものですから。
それに 磨かれた欄間はこの先何十年も飾られ続け、もしまたこの先お参りに来ることがあれば変化を見ることもできる。

頂いたパンフレットには
夫の境(それのきょう)、心に髄って変ず、心垢ければ境濁る(空海『性霊説』より)が載っていた。
「境」とは環境、つまり周りの雰囲気のこと。自分の心の感情は周りの雰囲気に伝わるもの。激しき感情を持って人の輪に入ればその場は気まずく、穏やかな感情を持って人に接すれば雰囲気が和み、人の輪ができるのである。

年頭にふさわしい言葉に出会えた。この言葉を心したいと思った最初のお参りでした。

せっかくここまで来たのだからと徒歩圏内の紅葉で有名な東福寺へも
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もう閉所時間で境内だけ
夕陽に照らされた立派な講堂 美しさにため息がでます。
多くの人が参拝にまた観光に来られるはずです。

今日はまだまだ歩くよ。
駅ひとつ向こうの伏見稲荷にも・・・。
陽が落ちて寒くなったのでお参りの前に甘酒を飲んで温まる。
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こちらは時間関係なく参拝者が絶えない様子。
お正月はやっぱり神社ですね(*^_^*)
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2009年12月23日

番外 四天王寺

587年 聖徳太子が 物部守屋の討伐に際して四天王に戦勝を祈願し、寺院建立を誓う。その後(6年後、593年)今の地に創建された。以来たびたび焼失しながらもその都度蘇り、今では「四天王寺さん」と大阪人には親しみを込めて呼ばれ先祖供養に訪れる人は後をたたない。私も大阪に嫁いだ身。そのご多分にもれていない。彼岸には義父母とよくお参りした馴染みのお寺。

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かつては西に広大な大阪湾が見渡せたのであろう。
夕陽を排する日想観が行なえた西門は、西方極楽浄土の東門とみなされ、浄土信仰の聖地となったそうだ。お彼岸にはこのようなシーンに出会えるらしい。

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四天王寺がなぜ番外なのか朱印をいただく時に聞いてみた。
「仏界にもいろいろあって 四天王寺さんはおとなしいのよ。」と笑って答えが返ってきた。そういう問題なのかな…。(σ(・・?) σ(・・?))

金堂の弥勒菩薩 講堂の阿弥陀尿来座像 十一面観音菩薩立像
など立派なお像の前では貴族も庶民も思いは平等だったのであろう。

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五重塔は鉄筋コンクリート・耐震構造。1959年に再建された8代目。
外観は飛鳥復古調だが内部は螺旋階段で最上階まで昇ることができ大阪市内が一望に眺められる。
大阪城同様 趣や品はあまり感じないけれど需要のために必然だったのかな?と思う。

興福寺が今年の〆になるかと思っていたが『四天王寺さん』は夫にとって特別なお寺だったらしくまるで駆け込み寺になってしまった。
掛け軸を買ったお店(寺前にあります。)に途中経過を報告をしに立ち寄り「おっちゃんが元気なうちに周りきりますわ。」と声をかけたらおっちゃんは「私は元気でっせ。」(笑)と。
21/33 番外4/6箇寺 64%の達成率
残るは滋賀方面
雪解けが始まる頃再開しましょう。
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2009年12月20日

第九番札所 興福寺 南円堂

今年の〆参り。
底冷えのする奈良へ。鹿たちも心なしか元気なさ気。

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興福寺は藤原鎌足の夫人鏡女王が京都の山科に建てた山階寺に始まる。飛鳥京遷都(672年)で飛鳥へと遷りさらに平城京遷都(710年)で現在の地に遷って興福寺になったらしい。南円堂は藤原冬嗣が父内麻呂の迫害のために建立し父が発願した不空けん索観音を本尊とした。八角円堂としては国内最大規模。

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朱印の後で天平の美男子阿修羅を見に国宝館へ。秋は”お堂でみる阿修羅”で大変な人出だったようだが客足が鈍ったこの時期に静かにじっくり足を止めて見られるのはありがたかった。

今年は巡礼を始めたおかげで穏やかなお顔の仏像に会うことができた。
仏様が示すような安定した心の状態に少しでも近づけたらと思った年でありましたがまだまだ邪心からは抜け出せません。

帰りは義母に会いに行って夜は”M1”。
お笑い番組をかぶりついて見るのは1年に一度この番組だけ。
例年自分も審査員になったつもりでホワイトボードに得点をつけたりしておもいきり楽しませてもらってます。
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私は”ナイツ”に頑張って欲しかったけれど優勝は”パンクブーブー”
彼らの人生が変わる番組です。
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2009年11月15日

第五番札所 紫雲山 葛井寺

大阪南近鉄沿線にある第5番札所”葛井寺”をず〜〜っと”くずい寺”と読むと思ってた。実は藤井寺の地名の起源となった古刹。

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 日本最古の千手観音像とされるご本尊は大阪府下で唯一の天平時代の作品というにとどまらず、日本彫刻史上、奈良の唐招提寺の乾漆立像と双璧と讚えられる乾漆像の傑作とか。今回は御開帳時期を外してしまったので見られなかったことがとっても残念だ。

 寺は住宅地の中にぽっこりあり境内は比較的こじんまりしているが子ども達の声もして地元の遊び場ともなってるみたい。私も子どもの頃近所の神社で木登りとかしながらよく遊んだのでもしかしたら御神木に上ってた?と反省しているのだが神社というのはいつもどこかひんやりして隠れ場所がたくさんあって居心地のいい場所だった。

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 この寺は「南大門」と 寺の西側の「四脚門」が国の重要文化財に指定されている。慶長6年(1601年)に豊臣秀頼により再建されたものと知ると関が原の戦いの1年後の豊臣家の動向を想像するのもおもしろい。

09.11.15-4.jpg「四脚門」 09.11.15-1.jpg「南大門」

巡拝寺は番外を除くと21箇寺目になった。紅葉シーズンに行ってみたいお寺がたくさん残っているが夫は「混んでるところはごめんやで〜。」とできるだけ避けたい様子。「夫婦仲睦まじくというのはどちらかの我慢・努力が伴うよね。」とさりげなく言ってみた。「お互い様やけどね。」という言葉も添えて。(^^;ゞ

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2009年11月03日

第十八番 十九番札所

木枯らし1号が吹いた昨日。今朝は窓が少し曇っていた。昨夜はずいぶん冷え込んだようだ。
「京都はもっと冷え込んでるかな?」と言いながら今日は京都のど真ん中 烏丸のオフィス街にある六角堂と御所の近くの革堂に行くことにした。

第十八番札所 紫雲山 頂法寺(六角堂) は”ろっかくさん”と地元では親しみをこめてよばれ華道の家元池坊発祥の地としても有名。ちなみに私も池坊流を習っていたことがあって独身の時、初生けに来たことがありました。
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お堂前には六角形で仕切られた中に六角形の石がある。桓武天皇が京都へ遷都の時にここを京都の中心とされたという伝説があり「へそ石」と言われるそうだ。
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開基は聖徳太子で、四天王寺建立の用材を求めて太子がこの地を訪れたと聞くと急に教科書で習った歴史上の人物でしかなかった人が動き出して感じられるのが不思議です。

 続いて歩いて第十九番札所 霊ゆう山 行願寺(革堂)へ。

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京都御所の南に位置します。

”革堂(こうどう)”の名で親しまれる1000年の歴史をもつ古寺。西国唯一の尼寺だそうだ。名の由来は、開基の行円上人常に革の衣を纏っていたからと伝えられている。その革(皮)衣や上人像は一定の期間公開されるらしい。交通の便がいいところにあるお寺なので次はその時期に訪れることもできそうだ。

 お参りが終わってもまだ3時半。京都御所が近いので何度も来ているけど寄ってみましょう。
 夕暮れにはまだまだ時間があるというのに秋の陽射しはか弱くでも美しい。影がおもしろくて写真を撮っていると夫が後ろから細工してきます。
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実際の距離間とはずいぶん違うのですが…(^^;ゞ
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2009年10月18日

第二十六番 二十七番札所

昨日は28回目の結婚記念日だった。
記念に第28番札所に参ろうと話していたがお寺が天橋立方面にあるので「そこは1泊してゆっくり行きたいね。」ということになり去年初めて足を運んで三十三所巡りの決心をした播州”書寫山圓教寺”あたりをお参りすることにした。

まず第二十六番札所 法華山 一乗寺
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法道仙人の空鉢伝説が残る播磨随一の古刹である。

入山料を払って進むと階段がせまってくる。

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162段あるそうだ。

石段途中、左手に三重塔が見える。
承安年間(1171〜75)に建てられたもので、日本最古の塔の一つだそうだ。
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十年間の修復を終えたばかりの本堂で朱印をいただく。

 「金堂(本堂)」は白雉元年(650年)に創建され、寛永5年(1628年)に再建されたといわれている。

 本堂北側に小さい社あった。「護法堂」だそうだ。鎌倉時代の様式をとった室町時代の建築とされている。重要文化財に指定されているそうだ。

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秋の陽射しが心地よくいつもなら次へ行こうというところだけれど今回は奥の院へも歩いていくことに。
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「奥の院」の「開山堂」開基法道上人が祀られている。

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とても趣があってしばし立ち止まってしまった。

こんなお寺に出会うと西国巡りを始めてよかったなって思う。

もう少しいたかったけれど秋の日は短い。
急いで第二十七番札所 書寫山 圓教寺へ。

「一年ぶりやね。」と見通しの立つお寺は行きやすい。
ロープエイで姫路の街を見下ろしながら・・・。って思っていたら団体さんと合流してしまった。みなさん笈摺を着て杖を持った気合が入った巡礼者さんだ。夫は「しまった。」という顔をしている。
でもロープエイを下りたところで先を急がれるのかバスに乗って行ってしまわれたので私達はゆっくりとことこ本堂に向かうことができた。

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ここは開基の性空上人が57歳で草庵を結んだのが始まりで多くの人々の信仰を集め僧侶の修行道場としても栄えたことから「西の比叡山」と呼ばれるようになったそうだ。御開帳期間だったでしっかり仏様と向き合ってきた。

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「ラストサムライ」の撮影現場で有名になった大講堂・常行堂・食堂。
たまたま食堂の2階の宝物館が開放されていて中に入れたのでそこから外を眺める。

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今日で西国33箇所巡りは折り返し
これからは観光シーズンでのんびりお参りできないかもしれないけれどマイペースでぼちぼち続けましょう。と誓った日でした。

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2009年10月04日

第二十四番札所 中山寺

聖徳太子が創建した日本最初の観音霊場。
中山寺の観音様は「女人救済の観音様」として古くから信仰され子育て・安産祈願のお寺として知られている。

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私も腹帯をいただきに2度来たし
その他、お礼参りや梅林公園に子ども達が小さい頃幾度か訪れたことがある。

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久しぶりの中山さんは階段横にエスカレーターが出来ていたり
多宝塔の大願塔が立派に復興されていたり
子ども達をどこで遊ばせたのかわからないくらい歳月を感じた。

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今日は大安吉日だったらしく安産祈願のカップル・お宮参りの家族連れ・七五三などの若い人(子どもたち)で境内は大混雑。
いつもの参拝風景とはずいぶん違った。

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「幸せそうな人が多いお参りっていいねぇ。
こんなに行き交う人が笑顔って初めてちゃう?」と話しながら
私達はひっそりした納経堂でいつものように朱印をいただく。

今度は違う目的で来たいね。
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2009年08月30日

第十番札所 三室戸寺

五月のツツジ(二万株)・六月のアジサイ(一万株)・七月のハス・秋の紅葉など四季を通じて美しい花が楽しめるお寺。宇治にあります。

8月末ともなればハスの時期もおしまいだ。
綺麗に咲いているのを1本見つけられて満足。(^-^;;

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 蓮華は仏教の象徴とされるもので、観音さまも手に蓮華を持っておられます。お釈迦さまが蓮の植生に理想的な人間像を見つけだされたそうだ。清楚で高貴な気品を感じさせる純白の蓮の花は、決して清らかな水の中より咲き出るのではなく、都大路に棄てられた塵芥の堆の中、つまり悪臭に満ちた泥池の中より、その養分を吸収して、清浄な花を咲かせます。そして天上に向って直立し清浄な花を咲かせます。釈尊はその見事さに感じいり、人もかくあるべきと教えたそうです。
 
蓮の花にはこうした深い教えがあることを知りました。


山門入り口 あと幾日かでかわいい萩が満開になり参道を彩ってくれそうだ。

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風格漂う重層入母屋造りの本堂は今から180年前に再建されたもの。

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境内には源氏物語の「浮舟之古跡」の石碑もあります。

平等院や源氏物語ミュージアムも近隣にあるので
巡礼でなくても秋のお出かけスポットの候補地にいかがですか?
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2009年08月29日

番外花山院

”巡礼はのんびりと”が私達の約束事のひとつだったけれど「ここまできたら近所のお寺をあと1つまわっちゃおう。」と先を急いでしまいます。

番外 花山院は清水寺から車で約40分くらい。
ここも山寺。急なカーブに何度もハンドルを切りながら運転する夫を眺めながら気付いたら助手席でウトウトしていた私です。

不本意な出家をさせられた花山法皇が、27歳から41歳で生涯を閉じるまでを過ごしたそうで隠棲の地にふさわしい静かな山中の地である。

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掃き清められた境内は気持ちがいい。
栄華も飾り気もない質素なこんな寺が好きです。

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ゆっくりとした時間の流れを感じさせてくれる寺。
参れることに感謝です。

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朱印をもらった後 乾かすのにドライヤーが置いてある寺がほとんどなのにここはない。
「墨は濃いし達筆だし 自信があるんやね。」と話していたら 法話の中に

巡礼者を見ても様々で例えば真夏の炎天下、エコが叫ばれているこの時代に、少し待てばお日様のお蔭で墨はすぐ乾くのにわざわざ電気を使いドライヤーを使う人。また置いてあっても勿体無いからと使わずにゆっくり待つ人それぞれです。
と書かれてあった。

お寺によって朱印帳の字も様々 対応も様々だなって見ていたがこちらも見られてるんやね。(>_<)
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